ブック・トラベローグ

旅するように、本を読む。紀行文、エッセイ、ノンフィクションなどなど。

面白オカシイ「エンタメ・ノンフ」をオススメしたい

楽しく読めるエンタメ系のノンフィクションやエッセイを集めてみました。「エンタメ・ノンフ」とは、エンターテイメント・ノンフィクションの略だそうで、ノンフィクション作家の高野秀行さんが作った言葉です。つまり、娯楽として楽しめるノンフィクションらしいですが、本家である高野さんを筆頭に、独特の感性が炸裂する不思議な本が多いかも?

 

常識がぶっ飛ぶ驚異の辺境ルポ『謎の独立国家ソマリランド

はじめに紹介するのは「エンタメ・ノンフィクション」の生みの親である高野秀行さんの本です。

 

辺境を舞台にしたノンフィクションでは定評のある高野さんが本書で挑むのは、ソマリランドという謎の独立国家です。ソマリランドは国連未承認の国家(?)でありながら、内戦の続くソマリアで独立と平和を維持しているというのです。

本当にそんな国があるのか、いったいどんな国なのか。現地に飛んだ高野さんを待ち受けていたのは、荒っぽくも平和な社会でした。しかし、ソマリランド社会の実態は尋常ではありませんでした。そこは西欧社会の常識が一切通じない氏族社会だったのです。

 

氏族。それは親類や親戚、血縁などによる集団だそうです。どちらかというと、日本の中世に存在した武家(源氏や平氏など)に近いようです。ソマリランド、というかソマリアの人々は誰もがいずれかの氏族に属しており、社会全体が氏族を中心に動いているといいます。

高野さんは複雑怪奇な氏族社会に翻弄されながらも、ソマリア北部に位置するソマリランドに留まらず、ソマリア東部の海賊国家(?)プントランド、未だ戦乱の絶えない南部ソマリアを渡り歩いていきます。

 

平和とは何か、国家とは何か。当たり前という薄っぺらい常識が覆り、知的好奇心が刺激される一冊。なおかつ読み物として面白く読めるという凄い本。「エンタメ・ノンフィクション」のイチオシです。

単行本、文庫、電子書籍もあります。ちょっとボリュームのある本なのですが、とにかく面白い。アフリカや辺境に興味のある人には絶対にオススメです。また本書が気に入った方には、続編にあたる『恋するソマリア』、現代のソマリランド室町時代の日本がそっくりだとする対談本『世界の辺境とハードボイルド室町時代』もオススメです。

 

世界一幸福な国の実像に迫る『未来国家ブータン

高野秀行さん、ブータンで雪男(イエティ)を探す。

未確認生物探索家でもある高野さんのもとに、ブータンでの生物資源調査の依頼が舞い込みました。調査対象は薬効のある植物などですが、それとは別にブータンには雪男がいるとのこと。いてもたってもいられなくなった高野さんは迷わずブータン行きを決意。本命の生物資源調査もそこそこに、雪男探しにのめり込んでいきます。

 

ブータンの村々を回り、現地の人々を取材して回るなかで、飛び出してくる不思議な話の数々。雪男だけではありません。怪しげな祈祷師から祈祷を受け、病を与えるという毒人間の存在を知り、ロバに似た謎の動物チュレイの噂を聞く。こうした現実とも迷信ともつかない話だけでも面白いのですが、ブータンを巡る旅の中で見えてくるのは現代ブータンの姿です。

チベット仏教を中心とした伝統的な文化や暮らしを守りつつ、近代的な文明や価値観が合わさった社会がブータンにはあります。まさしく未来国家なのです。

ブータンの人々は信じているのでしょう。ブータンには日本を含めた多くの先進国(と呼ばれているだけの国)が失ってしまった価値観があります。まずチベット仏教への信仰という基盤があります。そのうえで、家族や共同体、社会や国家への信頼感があるのです。だからこそブータンの人々は幸福なのではないでしょうか。

 

といった次第でブータン社会の奥深さと面白さを味わわせてくれる愉快な一冊。雪男探しとか生物資源調査とかいった本題は途中でどこかへいってしまいますが、気にしない気にしない。

鎖国状態ゆえに一般人は行けないブータンの実態を分かりやすく面白く書いた貴重な本。単行本、文庫、電子書籍もあります。

 

温泉旅館は四次元迷路!?『四次元温泉日記』

凡人とは目の付け所が違いすぎる旅行作家の宮田珠己さん。当たり前の温泉旅館めぐりなんてやりません。

温泉が四次元って、どーゆーこと? とツッコミたくなるタイトルですが、つまりは温泉旅館が四次元めいた奇妙キテレツな構造をしていて興味深いってことらしいです(ホントは三次元ですよ、もちろん)。

 

皆さんも見たことはないでしょうか、無秩序に増築を繰り返した末に迷路のような建物になってしまった旅館を。そんな建物そのものにスポットをあてたいと考えた宮田さんですが、編集者からは旅館の温泉の方も書いて欲しいといわれてしまいます。しかし、何と宮田さんは無類の温泉嫌いというか、風呂に入ることそのものが面倒臭いというタイプの人間だったのです。

風呂嫌いの人が温泉旅館めぐりをして本を書く、という謎の状況になってしまう宮田さん。けれども、運のいいことに温泉好きの二人のおっさんが仲間に加わったことで、何とか温泉旅館めぐりがスタート。はじめは温泉に興味のなかった宮田さんも二人に影響されるように温泉を満喫してしまい、最終的には温泉好きになってしまいます(なっていいんですが)。

 

もちろん、宮田さんは旅館の迷宮ぶりを探求するのも忘れません。無駄に多すぎる階段や錯綜する廊下の数々、実に多彩な構造を持った魅惑的な迷宮的旅館が次々と登場します。とはいえ、実際のところ温泉とか迷宮とか、そうした要素はそれほど大事ではないのかもしれません。

何もしないために温泉に行くのだ、と宮田さんはいいます。旅館の迷宮ぶりに陶然としたり、温泉にゆっくりと浸かったり、そうした魅力を堪能しつつも、場の雰囲気に身を委ねて何もしない。そうした自然体の温泉旅館の楽しみ方を教えてくれる一冊です。

独特過ぎる温泉旅館めぐりの本。単行本、文庫とあります。電子書籍はないようです。

 

これぞ道楽の極み『いい感じの石ころを拾いに』

タイトルそのまんまの本であります。

ただひたすらに、いい感じのする石ころを拾い集める。ただそれだけです。宝石だとか鉱石だとか、そういう石の希少さや分類は関係ないのです。自分自身の感性でイイと思った石を拾う。なので、その時の気分によって良し悪しの感じ方は変わります。いい感じと思って拾った石が翌日にはナニコレって場合も多々あるし、逆もまたしかり。

拾い歩くのは全国各地の海岸や川原です。宮田さんいわく特に日本海側の海岸がいいそうです。拾い方はシンプルで、とにかく根気よく拾うコト。気に入った石の全てを持ち帰るのは無理なので、何度か選別を繰り返して十個程度に絞ります。残りの石は拾った場所にリリースします。エコなのです(?)。

そうやって拾い集められた石を見ると、これがなかなか侮れません。形状、模様、色合いなど千差万別で、なかには風景に見える石なんてのもあります。ただの石でも見方によって全く違ったものに見えてくるのです。

 

また宮田さんはただ石を拾い集めるだけでなく、石の専門家の方々へのインタビューを試みています。専門家との語らいを通して石の世界はますます広がり深くなっていきます。そうした語らいを通して見えてくるのは、石の世界は自由だということです。決まったルールは何もありません。ただ自分が好きで面白ければ、それで良いのです。

ここにあるのは道楽の究極の形なのかもしれません。客観的には何の価値もないものに、自分なりの価値を見出して楽しむ。ただそれだけのことが実に豊かに感じられる一冊です。

石ころの奥深さと楽しさを教えてくれる本です。意味とか考えずに夢中になれる道楽っていいものですね。現状は文庫のみです。単行本は絶版のようです。

 

不自然なのは自分か、それとも世界か?『世界音痴』

人気歌人(短歌を詠む人)の穂村弘さんが自身の日常を綴ったエッセイ集です。とはいえ、その内容は「歌人の日常」という言葉から連想される風流さとは無縁です。39歳、独身、ひとりっこ、親と同居、総務課長代理という穂村さんの日常はなんだか情けない。

 

眼鏡がないと間抜けな顔になってしまうという理由で伊達眼鏡をかけ、素敵な人を目指して自己啓発本を読み漁っても、素敵な人になれる気配はなし。

身体が不調すぎて青汁やサプリメントに頼るも、効いているかどうかいまひとつ。ベッドの上で菓子パンを貪りながら寝てしまい、菓子パンの粉で身体がちくちくに。

しまいには車の免許を持っているというだけで驚かれる始末です。とにかく運転が下手なのだそう。というより、運転の仕方が「気持ち悪い」らしいです。いや、気持ち悪い運転って何なんでしょうか。

 

自虐的なエピソードの数々には笑うしかありませんが、そこには穂村さんの切実さも滲んでいます。

穂村さんは自身のことを「世界音痴」であると語ります。この世界と「自然に」関わることができないのだと。けれども、本書を読み進めていくと不自然なのはむしろ世界の方かもしれないという気もしてきます。穂村さんには、凡人には見えない何かが見えているのかもしれません。

ただ単純に笑える自虐的エッセイ集というのを突き抜けて、世界の裏側が見え隠れするような底の知れなさも併せ持つ一冊です。

自虐ネタ満載で笑えるエッセイ集。ですが、笑えるだけでは済まないのが穂村さんの怖いトコロ。単行本、文庫、電子書籍もあります。

 

本書を読んでも「現実」の経験値はあがりません『現実入門』

面倒な現実は避けたい穂村さん。おかげで四十過ぎながら現実の経験値が極端に少ないパラサイトシングルマンです。そんな穂村さんが様々な現実に挑み、「初体験」していくというエッセイ(っぽいもの)が本書です。

 

初体験していくのは、献血、占い、合コン、はとバスツアー、一日お父さん、すもう観戦などなど。『現実入門』というタイトルの割に、努力や苦労を伴うような大変なことに挑んだりはしないのが穂村さんらしいです。

当然、特別なことはあまり起きません。にもかかわらず、穂村さんのリアクションがいちいちおかしくて笑ってしまいます。穂村さんの持ち味である現実離れした妄想が全開です。現実入門できる気配は全くありません。

 

とはいえ、この本も『世界音痴』と同様に笑えるだけでは済まないのです。

何事にも臆病で逃げ腰の穂村さんが最も恐れていること。それは他者と関わることなのでしょう。他者と曖昧な関係のまま、他者の心に深く関わりたくない。自分の心に触れて欲しくない。自分だけの世界で妄想に耽っていたい。けれども、そうやって逃げ回って生きていくことは、誰しもできないのでしょう。

様々な初体験を重ねた穂村さんは、果たして現実入門できるのでしょうか。独特の味わいがクセになる穂村さんの本の中でも、異色の一冊です。

『世界音痴』から発展して未体験のことをやってみようという本。笑えるのですが、やはり穂村さんはヤバい。何がヤバいのかは、ここには書けません。現状は文庫のみです。単行本は絶版のようです。