ブック・トラベローグ

旅するように、本を読む。紀行文、エッセイ、ノンフィクションなどなど。

イラストエッセイの先駆者を見つけた話

イラストエッセイ、何となくピンときません。

最近、本屋で気になっているのがイラストエッセイ(それとコミックエッセイ)というジャンルです。テーマは様々ですが、旅の本のコーナーにも結構あります。というより、幅を利かせているといったら言葉が悪い気もしますが、そんな感じです。

別にイラストエッセイが悪い訳ではないですが、どうも苦手です。

カジュアルすぎるというか、軽すぎるというか。最近の若い人は活字の本をあまり読まないから、こういう方がいいのか。そういう流行なのかな。などとオジサン臭いことを考えていました。

そんな時、ふと自分の本棚に挿してあった『ゴーゴー・インド』が目に留まりました。

バックパッカー向けの旅行雑誌『旅行人』を世に送り出した蔵前仁一さんの処女作です。初版は、1986年。そして、中身はというと、これはどう見ても、イラストエッセイそのもの。

最近の流行でも何でもないじゃん。

『ゴーゴー・インド』に限らず、蔵前さんの他の本はもとより、雑誌『旅行人』にもイラストや漫画が当たり前に載っているのです。

もしかして、蔵前さんはイラストエッセイの先駆者だったりする?

それはちょっとわからないのですが、イラストエッセイが1986年には世に出ていたのは確かな訳で、意外に息の長い文化なのでありました。

すみません、イラストエッセイの皆さん。これからはマジメに読みます。(いや、それも違うような)

 

 

廃墟の向こう側にある世界を観る、写真集『流転 緑の廃墟』を眺める。

中筋純さんの写真集『流転 緑の廃墟』を眺める。

年月と共に植物の侵食を受けて、自然に呑まれゆく廃墟をテーマにした写真集です。

そういう廃墟は珍しくないと思うのですが、そこだけにテーマを絞った写真集というのは珍しいです。

中筋さんといえば、『廃墟チェルノブイリ』をはじめとした原発事故後のチェルノブイリを撮影した作品群や、3.11後の福島を撮影した『かさぶた 福島 The Silent Views』といった作品があります。

中筋さんは、チェルノブイリも福島も、継続的に撮影されているのですが、チェルノブイリは3.11以前からされていました。中筋さんも、まさかチェルノブイリで見た光景が日本で再現されるとは思ってもみなかったでしょう。

そういう視点で『流転 緑の廃墟』を見ると、何ともいえない感慨があります。

人間のいなくなった世界というのは、こんな風に終わっていくのかと。

そして廃墟はただ廃墟のまま朽ちてゆく訳ではなく、新たな生命が芽吹いてゆく。

生と死は交錯し、流転していく。

そういう世界がここにはあります。

 

 

写真集『廃墟ディスカバリー』が電子書籍でいつの間にか復活していました。

本は、残念ながらいずれは、絶版になっていくものであります。

以前に作った廃墟写真集のまとめページを見ていたんですが、絶版になっているものもちらほらありました。

book-travelogue.hatenablog.com

まあ、古本でも普通に手に入りますし、電子書籍もあったりするので、いいっちゃあいいんですが、何だか寂しいです。個人的には紙派ですし。

それで気になったのが、小林哲朗さんの写真集『廃墟ディスカバリー』シリーズです。

最初の『廃墟ディスカバリー』の出版が2008年、続編の『廃墟ディスカバリー2』の出版が2009年でして、現在では絶版になっています。十年以上前の本だから仕方ないといえば、仕方ないのですが。

なのですが、よくよく調べてみますと、電子書籍として改めて出てるじゃないですか。

軍艦島ならぬ軍艦アパートの写真集です。大阪市にあった市営住宅なのですが、特徴的な外観から軍艦アパートという通称で呼ばれていたようです。2006年に解体されてしまったので、今はもう見ることができません。これはその貴重な記録といえます。

しかも、これは紙の本をそのまま電子書籍にしたのではなく、電子書籍化にあたって再編集されたようです。紙の本にはなかった写真も新しく収録されていますし、写真の解像度も上がっているようです。

上記は、『軍艦アパートディスカバリー』ですが、他にも『軍艦島ディスカバリー』(アパートじゃなくて端島の方)や『廃墟ディスカバリーレザレクション鉱山編』もあります。まさにレザレクション(復活)ですね。

こういう電子書籍として装いも新たに、っていうのいいですね。

それと、廃墟ではないのですが、これも気になりました。

良い階段をひたすら見る写真集、って。ニッチすぎる。でも、いい。

勘違いが生んだ「意外な楽園」を楽しむ『おかしなジパング図版帖』

久しぶりに宮田珠己さんの『おかしなジパング図版帖』を再読しました。

宮田さんといえば、珍妙なモノを追求する達人(?)でありまして、ベトナム盆栽ホンノンボやら、巨大仏、迷路めいた旅館、いい感じの石ころなどなど、まず普通の人なら見過ごしてしまうモノをあえて取り上げる方であります。

そんな宮田さんの本のなかでも、最高にぶっ飛んでるのが本書だと思います。

本書で主に取り上げられているのは、十七世紀のオランダ人、モンタヌスによる著書『日本誌』です。そこでは日本の文化や風俗が真面目に描かれているのですが、その挿絵がどう考えてもおかしい。

何となく違和感があるというならマシな方で、ここはどこの国なのだろうと頭を抱えたくなるような奇妙な光景が広がっています。日本というか、中国のような、インドっぽっぽい感じもありつつ、文化のごった煮状態が広がっております。さすがにこんな国は世界中のどこにもなかった、そう思います。

それもそのはず。著者のモンタヌスは日本を実際に見たことはなかったのです。当時のヨーロッパ人にとって、日本はあまりに遠い異国でした。日本に派遣された使節団からもたらされた資料や伝聞といった情報に頼らざるを得なかった結果、現実離れした世界ができあがってしまったのです。

珍奇と不思議に満ち溢れた「意外な楽園」。それが当時のヨーロッパ人が抱いていた日本のイメージだったようです。

そんなものが、当時のヨーロッパの人々だけでなく、現代の日本人にとっても魅惑的に映るのだから困ったものです。

 

 

転職なんて、こわくない!? 『転職、ばっかりうまくなる』が気になる

本屋でビジネス書の棚を眺めていたら、この本が目に入ってしまいました。

自然に視界に入る位置に、表紙が見えるように置かれています。客に注目して欲しい本を目立つように置く。よくある本の並べ方です。これは嫌でも目に入ります。

普通は目に入ったとしても、素通りするはずですが、何となく気になってしまいました。そうなると、手に取らざるを得ません。

きっと実用書としては役に立たない本なんだろうな、と表紙を見た時から直感的に感じました。けれども、こういう本が意外に大事だったりするんです。

転職ばっかりうまくなる

転職ばっかりうまくなる

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20代で転職を6回も経験している、ひらいめぐみさんによる転職エッセイです。

はじめに断っておくと、転職するたびにキャリアアップしていくとか、そういう上昇志向の転職ではなくて、あくまで仕事を辞めたくなったら辞める、というスタンスです。案外、こういう本ってなかった気がします。

ひらいさんは就職しないまま大学を卒業し、アルバイト生活に突入しますが、限界を感じて転職エージェントに登録、はじめての就職活動を始めます。就職活動に悪戦苦闘しながらも、何とか内定をもらって就職を果たしますが、それは繰り返される転職活動の始まりに過ぎなかったのです。

ひらいさんは様々な理由で転職を繰り返していきます。

上司のパワハラが原因だったり、仕事の内容や環境がどうしようもなく合わないこともあります。そしてひらいさんは何度も体調を崩して働くことができない状態に陥ります。

そこには、社会人として生きていくのはこういうことなんだ、というリアルな現実が散りばめられています。

という感じで内容は結構重めだと思うのですが、ひらいさん自身は割とポジティブであっけらかんとしています。転職しても何とかなるよ、という感じです。(というより、過去には苦しい思いをたくさんされてきたのでしょうが、今が何とかなってるからこそ、ポジティブな書き方ができるのだと思います。)

今の仕事に悩んでいるとか、転職したいけど悩んでいるとか、そういった人にぜひ読んで欲しい本です。読むだけでも気持ちの整理がついて、前向きに考えられるようになるのではないでしょうか。

 

 

歌人と精神科医、「死」について語り合う。対談集『ネコは言っている、ここで死ぬ定めではないと』

三度、歌人の穂村弘さんの本です。

まあ、正しくは精神科医の春日武彦さんとの対談集です。

歌人と精神科医の二人が語り合うのは、「死ぬこと」について。

穂村さんもこういうテーマの本を出すような年齢になられたのか、と何だか感慨深いです。

本書では、古今東西の作家やアーティストの生き様や死に様を切り口にして、いかに死ぬのか、そしていかに生きるのかを語り合う内容になっています。

不謹慎かもしれませんが、これが面白いです。

何しろ春日さんは、元産婦人科医で、現在は精神科医という方ですから、まさに人間の生死を診るのが仕事な訳でして、「死」というテーマにうってつけの方なのです。それでいて、やたらとネガティブな思考の持ち主でいらっしゃるのも何だか可笑しい。

穂村さんも相当にネガティブな方だと思われるのですが、春日さんの方がはるかに上回るネガティブさを惜しげもなく吐露しています。

歌人の穂村さんの方が「死」について、どこか超然としているのに対して、春日さんは「死」に対する不安や恐怖を隠そうともしません。数え切れないほどの患者の生死を診てきた方とは思えず、不思議です。あるいは、多くの死に触れてきたからこそ、なのでしょうか。

とはいえ、深刻な感じは全くなく、お二人とも楽しげに語り合っているので、気楽に読める本になっています。対談の合間に挿入されている、漫画家のニコ・ニコルソンさんによる漫画とイラストにも和まされます。

 

 

穂村弘さんの『図書館の外は嵐』は、魅惑的な読書案内

前回の選歌集『短歌のガチャポン』に続いて、歌人の穂村弘さんの読書日記『図書館の外は嵐』を読みました。

独特の感性でもって短歌やエッセイを創り出す穂村さんは、どんな本を読んでいるのか。気になっていたので本書を読んでみて、やっぱりという感じです。

本書で紹介されているのは、バラエティーに富んだちょっと不思議な感覚を持った本ばかり。

小説や漫画が多めですが、絵本があれば、句集もあり、もちろん歌集もあります。ジャンルとしては、ミステリーやSFといった分かりやすいジャンルもありますが、安易にジャンルを分類するのが難しいものもちらほら。

一見するとばらばらにも感じられますが、よくよく読んでみると、穂村さんは「非日常への扉」を常に探してらっしゃるのかなと感じます。

ごくごく普通の日常では味わえないような、あるいは見過ごされてしまいそうな、感覚や思想。生きていくのに必須ではないけれど、人間として大事な何か。そんな感じがするのです。

最後の方で穂村さんは、宮沢賢治さんの造語「クラムボン」について語っています。「クラムボン」は、国語の教科書にも載っている「やまなし」という作品に出てくる言葉なのですが、なんと意味がわからないそうです。研究者の間でも意見が分かれる謎の言葉、だそうです。

謎の言葉「クラムボン」、気になる。意味がわからないけれど、気になる。いや、意味がわからないからこそ、気になるのでしょうか。

わからないけれど、魅力的な何か。その何かを追い求めること。そういう感覚が、本書には宿っています。